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◆Vo.25◆
new 三蔵法師「バーミヤン東大仏見た」はウソ? 伝聞か

アサヒコムによると、昨年アフガニスタンのバーミヤンで破壊された二つの大仏は「三蔵法師」として知られる中国の僧・玄奘の旅行記「大唐西域記」に出てくるが、中央大学の田辺勝美教授によれば、実は玄奘はこのうちの東大仏の完成された姿を見ることなく、バーミヤンのくだりを書いていた可能性が強いとのことである。29日に東京の東京芸術大で開かれるアフガニスタン文化財の国際シンポジウムで発表される。

大唐西域記によると玄奘は630年の春ごろに、バーミヤンを訪れ、東西にあった二つの大仏を見たとされる。しかし、田辺教授は、東の大仏(高さ38メートル)の天井に描かれた太陽神の図像の分析から「事実とは考えられない」という。

高い足場が必要なため大仏建造と同時期に描かれたとみられる太陽神は、三つの玉状の飾りのある特異な首飾りを着けている。田辺教授によると、この種の首飾りは、ササン朝ペルシャの王アルダシール3世のコイン(629年と630年に発行)に表現されたのが最初で、「時間差を考えても、玄奘が訪れたとされる630年の春ごろに、(大仏に伴う)この壁画がすでに描かれていたとは思えない」。

東の大仏について、「大唐西域記」は真鍮(しんちゅう)の一種で造られていたと記すが、実際には石造りで、なぜこうした記述がなされたのか、謎とされてきた。田辺教授は「玄奘が訪れた当時、東の大仏は建造途中だったのではないか。そこで、地元の僧侶の虚言をうのみにして、不正確な情報を記してしまった可能性が高い」と話している。

(アサヒコム7/25)

◆Vo.24◆
釈迦が悟りを聞いたブッダガヤの仏教寺院、世界遺産に

アサヒコムによると、釈迦が悟りを開いたとされる仏教の聖地、インド東部のブッダガヤにあるマハーボーディ寺院が、世界遺産に登録された。ハンガリーのブダペストで27日に開かれた第26回世界遺産委員会で決定し、国連教育科学文化機関(ユネスコ、本部・パリ)が発表した。

寺院は、5〜6世紀の創建といわれ、大精舎、大菩提(ぼだい)寺とも呼ばれる。高さ約52メートルの方すい形の仏塔が特徴だ。その近くには釈迦が木陰に座って悟りを開いたとされる菩提樹と、「金剛宝座」がある。寺院の周りには各国から寄進された仏塔も多く、日本からの訪問者も多い。


南アジアの仏教遺跡では、釈迦の生誕地とされるネパールのルンビニ、中部インドのサーンチーの寺院、パキスタンのタキシラ遺跡などが世界遺産に登録されている。インドの世界遺産は今回で23カ所となる。

(asahicom 7月2日)

◆Vo.23◆
お寺で葬式の見本市 長野、値段付きで骨つぼなど展示

アサヒコムによると「お葬式の見本市」が30日、長野県松本市の神宮寺で開かれた。高橋卓志住職(53)の母親が亡くなったという想定で、音楽をふんだんにとりいれた「音楽葬」も営まれた。

住職と親しい永六輔さんが作詞した「いない・いる」を音楽家らが演奏。お経も、笛や弦楽器の豊かな音色にのせた。

400人近い見学者が訪れ、本堂からあふれるほど。住職は、お布施の基本額を「20万円」と公表。ひつぎや骨つぼなども値段付きで展示され、お葬式も個性化、透明化の時代を迎えた。

(asahicom 7月1日)

◆Vo.22◆
四国霊場で「平和の鐘」音集め 喜多郎さん

アサヒコムによると、四国霊場八十八カ所の寺の鐘の音を織り込んで平和を祈る曲をつくろうと、シンセサイザー奏者の喜多郎さんが四国巡礼に出ている。きっかけは米国を襲った同時多発テロ。「ピースベル(平和の鐘)プロジェクト」と名づけ、一番札所から順にたどり、自ら鐘をついて録音を続けている。昨年暮れにスタート、自宅のある米コロラド州と四国とを行き来しながら2年以上かけてすべての鐘の音を録音する。
同時多発テロが起きた昨年9月11日、喜多郎さんは米国に向かう機上にいた。ハワイに5日間足止めされ、崩れ落ちる世界貿易センタービルの映像を見た。「自分に何ができるか」。そう自問して思いついたのが、かつてテレビ番組で訪れたことがあった四国霊場。鐘の響きを素材に曲をつくることを思いついた。
昨年暮れ、一番札所の徳島県鳴門市の霊山寺から録音を始め、札所の番号順に巡礼している。4月から高知県に入り、南国市の29番札所国分寺の録音まで終えた。
鐘の内外に8つのマイクを立てて、鐘を打つ。「札所ごとに音色も余韻も違う」と喜多郎さん。市街地に近い寺では自動車の騒音、山間地では動物や虫の声に悩まされ、録音が深夜に及ぶこともあるという。
鐘の音に笛やフルートの音を重ね、八十八カ寺と高野山の分の計89曲をつくり、数枚のアルバムにまとめる構想だ。喜多郎さんは「鐘の音には気持ちを静める効果があると聞く。パレスチナなど戦争が相次いでいる世界に伝えたい」と話す。

(asahicom 4月22日)

◆Vo.21◆
京都・知恩院の「三門」と「本堂」が国宝に 文化審答申

アサヒコムによると文化審議会(高階秀爾会長)は19日、京都・知恩院の三門と本堂を国宝に、秋田県小坂町にある「旧小坂鉱山」の事務所など9件の建造物を重要文化財に指定するよう、遠山敦子文部科学相に答申した。鉱山事務所が重要文化財に答申されるのは初めて。併せて、福岡県八女市に残る「八女福島」の町並みを伝統的建造物群保存地区として選定するよう答申した。この地区は、防火のため外壁をしっくいで塗り固めた「塗屋造(ぬりやづくり)」と呼ばれる珍しい家が立ち並ぶ。
答申内容と所在地は次の通り。

【国宝】
知恩院三門と本堂(御影堂)=京都市

【重要文化財】
石井閘門(こうもん)=宮城県石巻市▽旧小坂鉱山事務所=秋田県小坂町▽康楽館(こうらくかん)=同▽旧伊庭家住宅(住友活機園)洋館ほか=大津市▽称念寺本堂=奈良県橿原市▽井上家住宅主屋ほか=岡山県倉敷市▽大照院本堂ほか=山口県萩市▽金林寺薬師堂=高知県馬路村▽歓喜院貴惣門(きそうもん)=埼玉県妻沼町

【伝統的建造物群保存地区】
八女市八女福島(福岡県)


(asahicom4月19日)

◆Vo.20◆
最古の女性肖像画、京都の建仁寺で発見

ヨミウリオンラインによると、女性単独の肖像画としては最古の絵が京都市の建仁寺で見つかった。「総持正傑大姉(そうじしょうけつだいし)像」で、1379年に描かれ、モデルは豊後守護・大友氏泰の母とみられる。京都国立博物館(4月23日―5月19日)、東京・港区のサントリー美術館(6月4日―7月7日)で開かれる「建仁寺」展(読売新聞社など主催)で公開される。

(yomiurionline 3月19日)

◆Vo.19◆
ペイオフ解禁神仏にも一大事 運用資産、定期から普通に
アサヒコムによると、4月1日のペイオフ解禁(金融機関破たん時の預金保護を元本1千万円までとその利息とする措置)を控え、宗教団体が対応に追われている。主要教団の運用資産は100億円を超すだけに、
「信者から集めた浄財で損は出せない」(新宗教系教団)と懸命だ。
浄土真宗本願寺派総本山の西本願寺(京都市)は、今月4日から、「ペイオフ対策に関する内規」に沿った資産運用を始めた。これまで、全国のお寺や門信徒から集めたお布施などは、都市銀行や地方銀行の定期預金を中心に運用してきたが、3月中に順次、普通預金に移していく。
普通預金が「全額保護」の対象から外れる03年4月からは、銀行の自己資本比率や格付け、株価などを参考に預け先を見直す。内規は、国債での運用も初めて認めた。
西本願寺は昨年11月、経済学者や金融実務家が協力する専門委員会を設け、ペイオフ対策を練ってきた。各地のお寺からの相談には「預金先を分散させ、残高を1千万円以下にするよう勧めている」(財務部)という。
真宗大谷派本山の東本願寺(京都市)も、昨年5月に運用規則を改め、定期預金は今月中に普通預金に移し替える。国債以外に、地方債や政府保証債での資金運用もできるようにした。
曹洞宗宗務庁(東京都港区)は、奨学金、共済事業などの特別会計ごとに分けていた口座を、4月から1つにまとめる。普通預金への預け替えを含め、臨機応変に対応するための集中管理だ。債券での運用もできるようにした。
約8万の神社を統括する神社本庁(東京都渋谷区)は昨秋、神職向けの機関誌でペイオフ対策に触れた。
本庁は、すでに普通預金への預け替えを始めているほか、運用方法を検討する専門委員会の設置を検討している。超低金利の下で、ペイオフ対策にかかわりなく銀行離れが進んでいる、との指摘もある。
新宗教系の69教団が加盟する新日本宗教団体連合会(新宗連、東京都渋谷区)によると、一部教団は銀行預金から外債や株式に資金を移した。新宗連自身も数年前から、満期を迎えた定期預金を国債や電力債などに切り替えている。ただ、ある加盟教団は「銀行員の信者も少なくないので、むやみに預金を引き揚げるわけにはいかない」と明かす。宗教団体ならではの「運用難」といえそうだ。

アサヒコム3月18日

◆Vo.l8◆
真如苑と売買契約 日産村山工場跡地
アサヒコムによると、立川、武蔵村山両市にまたがる日産自動車村山工場(約140万平方メートル)の跡地売却問題が大きく動き出した。12日、同社が南側の105万平方メートル余りを739億円で、宗教法人「真如苑(えん)」に売却する契約を結んだ、と発表した。真如苑側は数年かけて計画案を作り、今世紀中旬までの長期計画で、開放型の緑地などとして整備したいとしている。
日産側の発表によると、土地は今年9月に所有権が移転される予定だが、一部に操業中の工場があることや、土地の浄化作業が必要なことなどから、すべてが利用可能になるのは04年3月末以降になるという。 残る土地は、都と両市、同社の4者でつくる協議会で話し合い、売却に向けた計画案を作る。同社が2月に武蔵村山市へ提出した文書では、大規模商業施設や住宅を建設するほか、新車や中古車の販売展示場もつくりたいとしており、この基本線に沿った案となる見通しだ。
真如苑側はこれまで、市に相応の寄付をすることや、信者用の住居や墓地は建設しないことなどを表明している。だが、工場周辺の市民や市議の間には、税収減や宗教施設への不安感が強く、売却先を再検討するよう求める声が続いている。
このため、この日会見した真如苑の西川勢二総合企画部長は、改めて「地元の声を聞く場を多く持ち、賛同者を広げていきたい」と表明。「宗教の立場から安らぎなどを得られる空間づくりを進めていきたい」と話した。
アサヒコム3月13日

◆Vo.l7◆

「暗夜行路」の蓮浄院を志賀直哉記念館に 鳥取・大山

アサヒコムによると鳥取県大山(だいせん)町は志賀直哉の代表作「暗夜行路」で主人公の滞在先とされた蓮浄院(同町大山)を買い取り、「志賀直哉記念館」(仮称)として整備する。
6日開会した議会に設計費など4700万円の予算が提案された。可決の見通しで、04年春のオープンを目指す。
国立公園・大山の中腹に位置する同院は近くの大山寺の支院で、江戸時代中ごろの
建造とされる。1914年夏、直哉が10日間滞在。「暗夜行路」では、主人公謙作の滞在先として登場、クライマックスでは同院近くから見た夜明けの光景が主人公の苦悩を解き放っていく様子が描かれている。
計画によると、町は大山寺から同院の敷地約1200平方メートルを取得、傷みが激しい木造平屋の母屋(約150平方メートル)を建て替え、直哉が実際に宿泊した木造平屋かやぶきの離れ(約40平方メートル)は修復する。俳句会を開いたり、直哉ゆかりの品を展示したりして活用するという。(20:15)

アサヒコム3月6日

◆Vo.l6◆
古寺修理の巨木に、ヒノキ植林300年計画

読売新聞3月3日04:10

読売新聞によると、奈良の法隆寺など日本の木造文化を維持するため、伝統的建造物の修復用材になる森林を作る「古事(こじ)の森」と名づけた事業が、来月から始まることになった。
作家の立松和平さんが提唱しもので、林野庁と市民ボランティアが共同で、森林を造成・整備し、寺社修理に必要な木々を育てる。3、400年も先を見すえたプロジェクトとなる。
1934年から始まった奈良・法隆寺の「昭和の大修理」や、1981年の薬師寺西塔など、伽藍(がらん)再建には、樹齢数百年のヒノキが使われてきた。
これらの再建を手がけた宮大工の西岡常一さん(95年没)らは「1000年持つ木造建築には樹齢1000年の木材が必要」と訴えてきたが、日本では樹齢500年前後のヒノキが切り尽くされ、薬師寺伽藍再建には台湾のヒノキ材が使われた。
このため300―400年後に再び大修理の時期が巡ってくる法隆寺など、木造文化財修復に使う木材を、いまから植林して育成しようという気宇壮大な計画が、「古事の森」事業だ。発起人となった立松さんは、足尾銅山のあった栃木県足尾町の山に、ミズナラやブナなどの苗木を植える活動に参加。また、法隆寺で毎年正月に行われる「修正会(しゅしょう)」などの修行に実際に参加して、木造文化の伝統を守るための植林事業を発案したという。
昨年10月、この計画を林野庁に提案したところ、同庁も賛同、すぐに具体化が始まった。
立松さんらと林野庁の話し合いで、〈1〉NPO(非営利組織)やボランティアに国有林を提供する
〈2〉市民側が無償で植林を行い、造成や間引きなどは国と市民側が協議して進める――などが決まっている。「古事の森」第1号は、京都府・北山の鞍馬山国有林。
4月21日、伐採後の斜面0・5ヘクタールに、ボランティア100―200人でヒノキを植える予定。
林野庁では、ボランティアの動きが広がれば全国で植林を展開したいという。
併せて京都市の京都国際会議場でシンポジウムを開き、法隆寺の大野玄妙管長や立松さんらが、文化財保護と木材育成の大切さを訴え、市民の協力を求める。
立松さんは「京都の事業を手始めに、木造文化を根底から支える森を、全国に作っていきたい」と話している。林野庁国有林野総合利用推進室の富永茂室長は「地域の過疎化や林業者の高齢化によって、各地の森林の維持が困難になっている。
市民の協力でこうした森林維持ができれば、森林管理の新たな手法になる」と話している。

◆Vo.l5◆
秩父札所が12年ぶりに総開帳
アサヒコム 2002-3-1

アサヒコムによると埼玉県秩父地方に34カ所ある秩父札所観音霊場で1日、12年ぶりの午(うま)年総開帳が始まった。本尊を安置している厨子(ずし)の扉が開き、観世音像が直接見られるとあって、各寺には、白装束の巡礼衣装で身支度した参拝者たちが詰めかけ、開運や交通安全を祈った。
札所1番、秩父市の四萬部(しまぶ)寺境内はこの日、朝から100人を超す白装束で埋まった。本尊の観世音菩薩(ぼさつ)の右手から、参拝所まで伸びる紅白の「お手綱」を握ったり、合掌したりする列が続いた。
札所一巡は約100キロ。バスツアーもあるが、歩くと5日かかる。総開帳は11月末まで。問い合わせは秩父札所連合会(0494・25・1170)へ。


◆Vo.14◆
小泉ブームで最大の恩恵? 小泉顕雄氏当選
アサヒコム2001-7-30
アサヒコムによると比例区で自民新顔の小泉顕雄氏(50)が当選を決めた。比例区で「小泉」姓は1人だけ。小泉首相を支持する意味で「小泉」と書いた票も小泉顕雄氏の票になるので、顕雄氏は「小泉人気の恩恵を最も受ける候補」と注目されていた。
橋本派幹部、野中広務氏の地元、京都府園部町にある寺の住職で、前同町議。浄土宗の寺を拠点に選挙戦を展開し、選挙カーから「いま一番ホットな名字の小泉です」「小泉、小泉」と姓を叫んで支持を求めた。首相が14日に京都入りした時には、首相演説の後、約1万6千人が集まった市役所前で「自民党の小泉です」と名刺を配った。
京都市東山区の事務所に当選確実の報が届いたのは、空が明るくなった30日午前5時15分頃。
夜を徹して朗報を待ち続けた小泉氏は「選挙戦での反応はよかったが、私個人の票については期待したほどではなかった」と疲れ切った表情で話した。(11:53)


 

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